ちょっと労働雑学 その2 米国人によって作られた日本の労働法

「とにかく食わせろ!!」ギリギリの食生活から始まった日本の労働運動・・・。

戦前にも日本には労働組合がありましたがその運動は治安維持法などの法律で弾圧されていました。
残った労働組合も第二次世界大戦に至る過程で戦争への協力のため「産業報国会」に姿を変えました。

1945年の敗戦で日本中が混乱し、その中で職場や経営を民主化する労働運動が始まりました。

当時は働く人たちみんなが(資本家や会社の経営者は別として・・・)戦後の食糧難の中で「とにかく食べなければ!!」という危機感の中から労働組合が作られて行きました。

一方、General Headquarters(略称:GHQ、連合国軍最高司令官総司令部)には当時の米国ルーズベルト大統領のニューディール政策を遂行していたスタッフが多数を占めていました。

そのため彼らがアメリカで果たせなかった夢を日本で実現させるために意欲を燃やし、労働組合結成推進などの政策を熱心に進めました。

日本に民主主義を根付かせるためにも労働組合が必要だという認識とともに・・・。

この時代、GHQに自分の会社や工場で作った商品を買ってもらおうという経営者たちがたくさんいました。
GHQは「労働組合もないような会社や工場からは物資を買わないよ!」という態度だったため、GHQに自社商品を買ってもらいがためのセールスポイントとして、当時の社長たちが率先して労働組合を作ったケースがありました。

そういったことが全国に広がり日本中で、にょきにょきとあらゆるところで労働組合が生まれました。

その結果、「経営民主化」という社会の動きと混じってほとんどが会社ごとに作られた企業別組合となりました。

1949年には労働組合に入っている人たちの割合(組織率)は55.8%にもなりました。

労働組合法が制定されたのは憲法や労働基準法よりも先だった!!

やがて、日本の90%の事業所に労働組合ができることが予想されていたため、憲法より先に労働組合法が制定されました。

そして、1946年11月についに憲法が制定されました。
この憲法28条には働く人たちが労働組合をつくる事によって働く人(労働者)と雇う人(使用者)対等な立場で働く環境や条件を決める仕組みが定められました。

労働者が人間らしく働き、生活する権利を保障する方法として労働組合が必要だという大きな期待がかけられたものなのです。

労使という熟語も働者が先で使用者が後になっているのも不思議ですね。使労でも不思議ではないのに・・・。(笑)

全ての働く者たちにこんな素晴らしい保証や権利があるのにユニオンの仲間として、声を上げないことはもったいないことですよ!!
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by tokyo-union-tf | 2010-05-26 12:53 | 7.知っておこう!労働法

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